ねえカレーマン、カレー事件で証拠の捏造といえば、林家の台所の「シンク下のプラスチック容器」が有名よね。
せやな。でも、実はもっと証拠価値が高くて、捏造の可能性も高い証拠があるんやで。
そうなの？ 初めて聞いたわ。どんな証拠なの？
青色紙コップや。
青色紙コップ？ 青い紙コップなの？
この記事を読めば、青色紙コップが捏造なことが、確かな根拠とともに腑に落ちるで。
青色紙コップが青かったのは科捜研のときだけ
裁判所は、林眞須美先生がこの青色紙コップを使ってカレー鍋にヒ素を入れた、と認定したんや。最重要証拠の一つやで。
たしかに判決文でも「青色紙コップ」と書いてあるわね。でも青くないじゃない。
せやろ。弁護団の弁護士によると、一審の小川育央裁判長も、白じゃないかと言っていたそうやで。
色が問題なのね？
そうなんや。この動画で、当時の弁護団の安田好弘弁護士が30秒で説明しているで。
動画の説明をまとめるとこうね。
- 1998年の発見時──白色
- 数日後の科警研──青色
- 2001年──黄色
- 2011年──黄色
ここで、判決文と照らし合わせてみると、2番目は「科警研」ではなく「科捜研」であることが分かるんや。この違いが重要なんや。
科警研は、警察庁に所属する科学捜査のエリート組織ね。科捜研は、各都道府県警に一つずつある、まあ田舎の科学捜査の人たち。
はっきり言うなw まあそういうことや。で、確定一審の判決文の第2章「関係亜砒酸の同一性」に、各証拠の発見や分析の経緯がくわしく書いてあるんや。
それによると、青色紙コップを写真撮影したのは、事件翌日の7/26の鑑識課で2回、8/6の和歌山県警の科捜研、8/9の捜査本部の計4回や。
赤下線だけ見ればいいのね。
たしかに、科警研で写真撮影はしてないわ。弁護士さんのいう「科警研」は「科捜研」で間違いなさそうね。
ここで話はちょっと、第一次再審の和歌山地裁の決定文（2017浅見決定）に飛ぶで。
えーっと、なになに？ 8/7に指掌紋鑑定をおこなったとき、青色紙コップは「赤紫色に変化した」と。
ということは、青色紙コップが青色をとどめていたのは8/6まで、ということになるな。4回の写真撮影をまとめると、こうや。
「青色」に見えるのは8/6の科捜研だけじゃない？ 7/26の鑑識課も同じ紙コップのはずだから同じ青色のはずなのに、見た感じ白いわ。
せやな。あくまで写真の「見た感じ」やが、7/26鑑識課の紙コップは、色とクシャクシャの加減から、2001年のと2011年のと同一物のように見えるな。
8/6科捜研の紙コップだけ、色も形状も明らかに違うわね。
和歌山科捜研の証拠偽造
でも、なんで和歌山県警の科捜研にそんなに注目しているの？
そこを説明せなあかんな。それはもちろん、科捜研に能阿弥昌昭氏がいたからや。
刑事事件の証拠を偽造したとして書類送検され、2013年に執行猶予付きの有罪判決をうけた人物なのね。でも、記事では
「1998年から2003年に、覚醒剤取締法違反などの19事件で同様手口の不正があったと明らかにした」
「捜査関係者によると、研究員が関わった1998年の毒物カレー事件では捏造はなかった」
「研究員がカレー事件で何に関わったのかははっきりしない」
と、能阿弥氏のカレー事件への関わりは不明なのね。
そこなんや。しかし、能阿弥氏がカレー事件の重要証拠に関わっていたことが、弁護団の調査で明らかになっているんや。
えっ、そうなの？
第一審に出廷した科捜研職員の証言を精査した弁護団の資料によると、能阿弥氏は、
- 青色紙コップのシアン検査（8月2-4日、6日）
- 青色紙コップを含む計3個の紙コップの搬送（8月7日）
- 林家関連ヒ素の搬送（10月21日）
- 林家台所のシンク下から見つかったプラスチック容器の搬送（12月1日）
- 鑑定のためにヒ素を分取（1999年5月）
と、少なくとも5回も重要証拠を触っているんや。当時の和歌山県警科捜研の化学係は能阿弥氏を含めて4人だったそうやから、これ以外にも、証拠品に触る機会はいくらでもあったとみてええやろな。
なるほど。カレー事件にも思いっきり関わっていたわけね。ところで、能阿弥氏は、何をやらかして有罪になったの？
鑑定書の偽造や。その弁護団の資料によると、能阿弥氏のおもな罪状はこれや。
事件の微細な物質の鑑定で、フーリエ変換赤外線分光という方法で分析し、スペクトル（グラフ）が不鮮明などの理由でやり直しを命じられたところ、別の鑑定で使ったスペクトルを流用した
フーリエ……なんとか？
その「フーリエ変換赤外線分光」という分析方法が問題なんや。上のほうで出した確定一審判決文のこの部分にも載っていたんやで。
ほんとだわ。って、青色紙コップから科捜研がヒ素を発見したまさにその分析方法じゃないの。能阿弥氏は、そのフーリエなんとか分析のスペクトル（グラフ）を流用する犯罪をしたっていうの？
そういうことや。まあ、有罪となった鑑定書の流用は、裁判の結果を左右するほどではなかったってことで執行猶予がついたけどな。
でもカレー事件の青色紙コップは、裁判の結果を左右するのよね？
左右しまくりや。この鑑定が不正やったら、林眞須美先生は即無罪やで。
科捜研が不正をやらかす〝動機〟
でも、なんで能阿弥氏はそんな不正をやらかしたのかしら。どんな動機があったのかが気になるわ。
「シアン誤検出」という大失態
まず挙げられるのが、「シアン誤検出」という大失態やな。
シアン？ ああ、青酸のことね。知っているわ。カレー事件は当初、「青酸カレー事件」と報じられていたのよ。
そうや。科捜研は事件の翌7/26、被害者の吐瀉物からシアン化合物を検出したと報告を上げたんや。でも科警研があらためて検査したところ、シアンは検出されず、8/2にヒ素を検出したんや。
（※筆者注 科捜研のシアン「誤検出」についてはまだ不確定要素があるのですが、それはまた別の記事で）
生存者の63人は8/2まで、急性シアン中毒として誤った治療を受けたわけね。科捜研の鑑定ミスがどれだけ非難されたか、想像に難くないわ。
それに、科捜研がシアン検出を各病院に連絡したのは7月26日の朝5時や。その時間なら、死者4人のうち、自治会副会長、高1女子、小4男子の3人はまだ生きていたんや。
仮に正しい毒物の情報だったとしても命を救えたかどうかは微妙だけど、ご遺族の感情を逆撫でしたことは間違いないでしょうね。
おまけに、あとから来た科警研のエリートに、自分たちのシアン検出方法のミスを指摘され、自分たちが発見できなかった毒物を先に発見されたわけや。
自業自得とはいえ、悲しすぎるわね。和歌山科捜研の4人さん、失意のどん底に突き落とされたんじゃないかしら。
いじめ、パワハラ、いやがらせ
くわえて見逃せへんのが、和歌山科捜研という職場の〝体質〟や。能阿弥氏は、自分がおかした罪について、「謝罪と反省」を書いて裁判所に提出しているんや。
上の弁護団の資料に書いてあるのね。どれどれ。科捜研の化学係は「人事異動の少ない閉鎖的な職場」で、先輩から「いじめ、いやがらせ」があり、「人間関係がよくない状況」だった──。
「課内からは全く理解されず、関係が悪化」「人によって対応が違う」「いじめと一緒！」「人をばかにした態度ばかり」「仲間に入れてもらえず」「後輩にミスを尻ぬぐい」「何もかもいっぱいいっぱい」「しんどくて眠れず」「適応障害」
職場への恨みつらみを延々と述べているわね。まあ、能阿弥氏にも問題はあったんでしょうけど、一人の人間をここまで追い込む職場の闇を感じてしまうわ。
もちろん、だからといってカレー事件の証拠を捏造したとは言えへんけどな。しかし、こういう職場では良からぬことが起きるもんやろ。
たしかに。あと資料によると、能阿弥氏はこの職場に、1985（昭和60）年に23歳で入ってから、13年後のカレー事件を経て、自分の事件が発覚する2012年まで在籍していたって。なにこれ？ 人事異動なさすぎじゃない⁉︎
ヒ素発見から2ヶ月放置の謎
青色紙コップをめぐる和歌山県警の不自然な動きは、まだまだあるんや。
銃弾はすぐ公表、拳銃は非公表
これまで述べたとおり、判決文によると科捜研が8/6に紙コップからヒ素を検出したのに、捜査本部はその後2ヶ月間、公表しなかったんや。
上の新聞記事にあるけど、その4日前の8/2に科警研が被害者の胃の内容物と食べ残しカレーからヒ素を発見したときは、すぐに記者会見を開いて発表しているわね。
そうなんや。例えていえば、ヒ素は銃弾、紙コップは拳銃やで。
銃弾の発見はすぐ公表したのに、拳銃の発見は未公表のままってことね。それって、他にも「拳銃」に相当するような証拠物があったからじゃないの？
いや、判決文によると、現場から押収した資料のうち、カレーと関係ない資料でヒ素が検出されたのは青色紙コップだけなんや。
ほんとだわ。だったら尚のこと、この紙コップを使ってカレー鍋にヒ素を入れたとみるのが自然よね。
なのに発表したのは、林夫妻を10/4に別件の保険金詐欺で逮捕した2日後の10/6だったんや。新聞記事データベースのG-Searchで調べると、10/6の朝刊で朝日が抜いて、他紙がその日の夕刊で書いているんや。
えっ？ 捜査本部が発表したんじゃなくて、スクープとして公表されたの？ ヘンね。その2日前の逮捕は保険金詐欺だから、紙コップは関係ないじゃない。
捜査本部における青色紙コップの扱い──ひとつの仮説
その疑問はおそらく正しいで。で、ここで一つの仮説が成立すると思うんや。
科捜研が8/6にヒ素を発見したと報告を上げてきた青色紙コップ。捜査本部のなかでも、本当にこれが犯行手段なのかどうか疑問符がついていたところ、夜討ち朝駆け取材をうけた捜査員が口を滑らせてしまい、朝日が書いてしまい、引くに引けなくなってしまい、疑問を引きずったまま犯行手段として認めてしまった──。
えーっ！ 警察がそんなマヌケなことする？
もちろん警察のその行動には、「犯人は林眞須美で間違いない」という確信があるのが前提やで。だから証拠の一つぐらい違っていてもまあいい、ぐらいの姿勢や。
ああ……なるほど。捜査本部としては、カレー鍋にヒ素を入れるのに青色紙コップが「使われていない」とも断定できないわけだしね。
それに、どん底に落とされた科捜研に手柄を持たせてやりたいという意図もあったのかもやな。警察らしい身内びいきの動機や。
実際、カレー事件の資料を漁るなかで、こんな記述も見つけたで。
１０月４日に林夫妻を逮捕したあと、林家や周辺の捜索のときの話ね。警視庁から応援に来た人の回想記。事件直後の科捜研のミスがどれだけ知れ渡っていたか、よくわかるわ。
新聞記者の〝違和感〟
青色紙コップに疑問の声はなかったのかしら？
あるで。毎日新聞が10/6夕刊のあと追い記事やで。この紙コップを使ってカレー鍋にヒ素を混入したという捜査本部の見方を伝えたあと、末尾に地の文でこんなことを書いているで。
しかし、自宅などからコップに入れて運び込むのは目立つことや、混入後に現場にそのまま放置しているのは不自然との見方もある。
新聞が地の文でこんなこと書くなんて、記者もデスクも、警察の発表によっぽど違和感があったのね。
林眞須美先生がガレージで紙コップでヒ素を混入して、そばにあったゴミ袋に紙コップを捨てたというのが警察の見立てなんやが、そんなことするか？ という疑問やな。指紋も付いてへんしな。
見えるはずのない物質が「見えた」
それと、判決文を読んでいて矛盾を発見したんや。ツイッターXで引用した判決文を時系列にしてみるで。
- 9月9日 科警研が肉眼と実体顕微鏡で青色紙コップを確認しながらヒ素をできる限り多く採取。付着物がまだ残っていることを実体顕微鏡で確認
- 11月28日 科捜研が10倍の実体顕微鏡で青色紙コップを観察し、内側の3ヶ所に灰白色の付着物が残っていることを確認
- 12月2日 2人の学者が肉眼で青色紙コップの底部や側面に付着物を確認
11/28に「10倍の実体顕微鏡」でかろうじて確認できたミクロな物質が、その4日後には肉眼で確認できたの？ どういうこと⁇
判決文に書いてある経緯が正しいなら、その4日のあいだに青色紙コップ内でヒ素が増えたか、あるいは2人の学者の視力が超人的かのどっちかやな。
っていうか、また関わっているじゃない……科捜研。
せやな。青色紙コップの陰に科捜研ありや。
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