※「罪と罰」なみに長い確定一審判決がコンパクトにまとまった結論部分。判決文特有のくどい文章を意味を損ねないよう大胆にリライトしました
※原文の「亜砒酸」はすべて「ヒ素」にしました。ヒ素(As)に酸素がくっついて毒性がアップしたヒ素化合物が亜砒酸(As2O3)です。

被告人の犯人性(犯人なのか否か)を総合的に検討する
(1) ヒ素A〜Gの同一性
ア 夏祭りのカレーを食べた住民67名が急性ヒ素中毒となり、うち4名が死亡した。東鍋カレーからきわめて高濃度のヒ素(最高濃度は8400ppm、平均的な濃度は5000ppm)が検出され、その後、カレー中からヒ素の結晶が採取された。(以上、第1章)
イ この東鍋カレーのヒ素がどこから持ち込まれたものかを検討するため、A〜Gのヒ素とI東鍋カレー中のヒ素結晶について、異同識別3鑑定(科警研、中井、谷口早川)が行われた結果、A〜Gのヒ素は、いずれの異同識別鑑定においても原料鉱石由来の微量元素の組成が酷似しており、製造段階において同一であると認められた。
また、C、D、E、F、Gのヒ素からは、製造後の使用方法に由来するバリウムが検出された。
このうち、A〜Eの分析結果は、各ヒ素の由来に関する健治さんの白アリ駆除会社従業員の供述と一致する結果であった。
このように、A〜Gの各ヒ素は、原料鉱石由来の微量元素の組成が酷似していることから、製造段階において同一といえるばかりか、製造後の使用方法に由来するバリウムをもほぼ共通して含有していることが明らかとなった。(以上、第2章)
ウ そして、A〜Gのヒ素と、東鍋カレーのヒ素との同一性に関しては、
(あ)谷口早川鑑定で分析されたカレー中の結晶の微量元素の組成が、比較的、A〜Gの微量元素の組成と似ていたこと
(い)中井鑑定におけるカレーの硫化沈殿物中の微量元素の組成は、A〜Gの組成とよく似ていたこと
(う)A〜Gの特徴的元素であるモリブデンがカレー中のヒ素結晶から検出されていること
(え)カレー中のヒ素結晶からバリウムが検出されていること
【筆者注】この(あ)〜(え)の微量元素については、カレーの中でいったん溶けて、冷めることでまた固形化したということで、判決文でも信用性は低いと判断されています。なので再審以降のカレー裁判では、「カレーのヒ素」とは「青色紙コップのヒ素」のことを指しています。
という鑑定結果に加え、ヒ素自体が希少なものであって、状況的に、G青色紙コップ内のヒ素が東カレー鍋の中に混入された可能性が高いといえることを総合的に考慮すると、東カレー鍋の中には、A〜Fのヒ素のいずれかがG青色紙コップを介して混入された蓋然性が高いと認められた。
そして、製造段階が同一であって、製造後の使用方法に由来するバリウムも含有するが、A〜Gとは異なるヒ素が東カレー鍋の中に混入された蓋然性は低く、本件における混入の場所や混入の機会を考えると、そのようなヒ素が東鍋カレーに混入されたと考えることは現実的には極めて困難であるから、東鍋カレーに混入されたヒ素は、G青色紙コップを介してA〜Fいずれかのヒ素である蓋然性が極めて高いと認められた。(以上、第2章)
(2) 混入機会の希少性
ア 東カレー鍋にヒ素が混入されたのは、1998年7月25日午前8時30分ころにカレーの調理が始まってから、午後6時ころに夏祭りが始まるまでの間であるが、東カレー鍋は調理の準備が始まってから午後3時ころまではガレージに、午後3時以降は夏祭り会場に置かれていたが、いずれも人目に付きやすい場所に置かれていたといえる。
イ そこで、どのような時間帯に東カレー鍋にヒ素を混入することが可能であったかを検討する。まず、ガレージでカレーやおでんの調理が行われていた午前中と、午後1時過ぎころに高知と滋賀が2人で見張りをするようになってから午後3時ころにカレー鍋等が夏祭り会場に運ばれるまでの時間帯については、カレー鍋周辺の人の状況などから、ヒ素は混入されていないと認められた。
そして、午後零時15分ころから群馬が1人で見張りを始め、午後零時20分ころ被告人と見張りを交代するまでの時間帯、午後1時過ぎころに高知が、そして滋賀がそれぞれ1人で見張りをしていたわずかな時間帯についても、いつ見張りの人が来るか分からない状態での短時間の見張りにすぎず、自らや家族が実際にカレーを食べて急性ヒ素中毒の被害を受けており、ヒ素との接点も認められないことから、これら3名が1人で見張りをしていた際には、いずれもヒ素は混入されていないと認められた。
また、カレー鍋が夏祭り会場に運ばれてからの時間帯については、カレー鍋周辺のこまかな人の動きを特定することは困難であるが、状況的に、夏祭り会場にカレー鍋が運ばれた後に、自治会住民以外の不審人物がヒ素を混入した可能性はないに等しいということができ、また、自治会住民が混入した可能性はほとんどないと認められた。
したがって、被告人が午後零時20分ころから午後1時ころまでカレー鍋の見張り当番をしていた時間帯に、東カレー鍋にヒ素が混入された蓋然性が高いことが判明した。(以上、第3章)
(3) 鍋の見張り当番中の被告人の行動
被告人が午後零時20分ころから午後1時まで鍋の見張り当番をしていた時間帯は、次女といっしょに見張りをしていた時間帯や、少なくとも一度はガレージを留守にした時間帯が認められるが、それ以外の時間帯は、被告人が1人で見張りをしていた時間帯であったから、その時間帯に被告人が東カレー鍋の中にヒ素を混入することは十分に可能であった。
また被告人は、1人で見張りをしている際に、しきりに道路の方を気にしながら西カレー鍋の蓋を開けていたが、蓋を開けるだけなら周囲を気にする必要はないから、これは不自然な行動である。(以上、第3章)
(4) 被告人とヒ素とのつながり
ア 被告人とヒ素との関係を検討したところ、まず、林家の台所の排水管内の汚泥や台所の排水が流れる会所の汚泥から近隣周辺と比べて顕著に高濃度のヒ素が検出された。これは、台所流しからヒ素が流されたことがあることを推認させるものである。
また、麻雀部屋のほこりからもヒ素が検出され、さらに、被告人の毛髪からは通常では付着するはずのない無機の3価ヒ素の外部付着が認められ、被告人がヒ素に接触していた蓋然性は高いことが判明した。
次いで、東鍋カレーに混入された蓋然性が高いA〜Gと被告人との関連性を検討すると、実兄や林家旧宅から押収されたA〜Eは、いずれも夫の健治さんが白蟻駆除業をしていた当時に使っていたものであるが、それらを実兄に譲渡する以前は被告人の自宅ガレージなどに保管していたのであって、被告人が入手することは極めて容易であり、その後についても、少なくとも林家旧宅のミルク缶については、被告人は容易に入手し得る状況にあった。そして被告人は、健治さんとその従業員との会話などから、ヒ素の危険性を十分に知っていたものと認められた。
また、Fシンク下プラ容器は、1995(平成7)年の秋ころ、被告人が実兄に依頼して「白アリ薬剤」と書いてもらった容器であった。この程度の字であれば被告人自身で十分に書けるものであるにもかかわらず、被告人は虚偽の理由を言ってまで実兄に「白アリ薬剤」と書いてもらっているが、これは、当時実兄が自蟻駆除業をしていたことを考えると、この容器と被告人との関係を打ち消しておきたかったためと考えるのが自然である。
イ 以上のように、被告人は、ヒ素とは極めて密接な関係にあり、また、東鍋カレーに混入された蓋然性が高いA〜Gを容易に入手し得る立場にあったことが判明した。(以上、第4章)
(5) 人を殺害する道具としてのヒ素使用歴
被告人は、カレー事件の約1年半以内という近接した時期に、保険金目的で、夫の健治さんに対しては1997(平成9)年2月6日(くず湯)、泉克典に対しては同年9月22日(牛丼)、10月12日(麻婆豆腐)、1998(平成10)年3月28日(うどん)の計4回にわたり、食べ物に混入させたヒ素を摂取させ、人を殺害する手段としてヒ素を使用していたことが認められる。
(なお、泉克典に対する97年10月12日のヒ素使用は、前述のとおり、殺意自体の認定は留保するが、被告人の主観的(内心的)事情は97年9月22日のヒ素使用と同様である)。
したがって、被告人にとってヒ素は、発覚しない形で生命を奪うことのできる手段として位置付けられていたといえる(以上、第6章ないし第14章第1)。
(6) 被告人以外の第三者のヒ素混入の可能性
東鍋カレーに混入された蓋然性の高いA〜Gと接点のあった実兄、元従業員、田中さん(麻雀仲間)、7月25日は林家周辺には来ておらず、また、林夫妻とつながりの強かった泉克典は、林夫妻との関係を断ち切ろうとしていた時期であり、土井タケヒロも病院に入院中であって、いずれも7月25日は林家周辺には来ていなかった。
健治さんは、当時自宅にいたがガレージ付近では目撃されておらず、また健治さん自身は被告人からヒ素を摂取させられた被害者であり、かつ、自分が急性ヒ素中毒であったことをカレー事件当時も知らず、ヒ素とは無関係の生活を過ごしていたのであるから、健治さんは東カレー鍋の中にヒ素を混入していないと認められる。
さらに、前述のように、被告人以外の自治会住民で、東鍋カレーに混入された蓋然性の高いヒ素と接点を持つ者は見当たらなかった。(以上、第4章)
(7) その他の事情
被告人は、見張り当番中に次女がカレーの味見をしており、事件発生後は保健所などがしきりに検査を受けるよう呼びかけ、また、被告人も直後は周囲に娘に検査を受けさせるなど言っていながら、実際には次女に対して検査を受けるように言ったことすらなかった。このような行為は母親としては不自然な行為といえる。
また被告人は、1998(平成10)年8月2日夕方にカレー事件の原因毒物がヒ素であると報道された翌朝の3日午前6時50分ころ、実兄に対し、林家でヒ素を使用していたことを口止めする内容の電話をかけているが、そのあまりの性急さはやはり不自然な行動といわざるを得ない。(以上、第5章)
(8) 小括―動機との関係を含めて
ア 以上の検討から、東鍋カレーには、A〜Fのいずれかが、G青色紙コップを介して混入された蓋然性が極めて高いわけだが、A〜Fを現実的に入手し得る立場にあり、かつ、東鍋カレーにヒ素を混入し得る具体的、現実的機会があったと認められる人物は、証拠上は被告人のみである。
そして、林家台所のシンク下収納庫内に置かれ、現実にヒ素が入れられていたFシンク下プラ容器は、1995(平成7)年の秋ころに被告人が実兄に頼んで「白アリ薬剤」と書いてもらったもので、被告人がこの容器との関係を不自然に打ち消そうとしていたことや、容器の形状や保存場所の状況を考えれば、このシンク下プラ容器は被告人が管理していた可能性が高いといえる。
また被告人は、見張り当番中に西カレー鍋の蓋を開けるに際し、周囲、特に道路側の様子を非常に気にしているが、これは、単に見張りの当番がカレー鍋内の様子を見るにしては不自然な行動であって、この前後に被告人が東カレー鍋にヒ素を混入したと考えれば、カレー鍋の蓋を開けるところを第三者に目撃されないよう警戒した行動として合理的な理解が可能となる。
そして、被告人が、カレーからヒ素が検出された旨報道されると(8月2日)、異常に素早く、ヒ素を預けた実兄に、被告人方ではヒ素は使っていなかったことにするよう依頼したのも、自らの関与を打ち消す必要性が高かったことの表れとして、被告人が犯人であることと結び付きやすい事実関係である。
また、被告人が、自分の娘にヒ素の検査を受けさせようとしなかったことも、被告人は自分の娘はヒ素中毒にり患していないことを知っていたこと、すなわち、被告人は、どの鍋にヒ素が混入されているのか知っていたことの表れとして、被告人が犯人であることと結び付きやすい事実関係である。
さらに被告人は、現に、保険金取得目的でカレー事件発生前の約1年半の間に、4回も人に対してヒ素を使用している。この事実は、通常の社会生活において存在自体極めて稀少である猛毒のヒ素を、人を殺害する道具として使っていたという点で、被告人以外の事件関係者には認められない特徴であって、カレー事件における被告人の犯人性を肯定する重要な間接事実といえる。
また、この金銭目的での4回のヒ素使用や、その他の2件の睡眠薬使用という事実は、人の命を奪ってはならないという規範意識や、人に対してヒ素を使うことへの抵抗感がかなり薄らいでいたことの表れととらえることができる。
このような多くの間接事実を総合すると、被告人は、東カレー鍋の中にヒ素を混入したものであるということが極めて高い蓋然性をもって推認することができる。
イ ところで、本件では、被告人がカレー事件を起こす動機については解明することができなかった。
しかしながら、被告人が犯人であることと矛盾するような事実関係が証拠上明らかになっているわけではなく、また、被告人がカラオケに出かける際に、自宅に長女と三女を残している点も、その子供らが夏祭りでカレーを食べないよう二重三重の手当がされていることからすると、被告人の犯人性と矛盾するような事実関係とは認められない。
また被告人は、鍋の見張り当番中に、次女がカレーの味見をしようとしたことに対し、強く止めることはせず、それを了承した可能性が認められるが、次女はヒ素が混入されなかった西鍋カレーを味見しただけで、東鍋カレーについては味見をしようともしなかったことを考えると、被告人のその行動は、前述のように極めて高い蓋然性で推認される被告人の犯人性の判断に影響を与えるような事情とはいえない。
したがって、上記で検討した現実的に犯行が可能なのは被告人以外には考えられないという客観的な蓋然性の高さや、それ以外の被告人の犯人性を強める諸事情を考えれば、動機が不明確である等の事情は、極めて高い蓋然性で推認される被告人の犯人性の判断に影響を与えるものではないと解される。
ウ なお関係証拠からは、被告人は、群馬がガレージから帰り、1人で鍋の見張りを始めた時点では、ヒ素を所持していなかったと認められるが、被告人が自宅などからヒ素を持ってくる時間的、場所的可能性も十分にあり、後記のとおり、現に被告人は1人で見張りをしている時間帯に少なくとも一度はガレージを離れていることが認められるから、1人で見張りを始めた当初の時点でヒ素を所持していなかったことは、被告人の犯人性を否定する方向での状況証拠とはならない。
(9) 被告人の見張り当番の時間帯における第三者による犯行の可能性
ア 上記のとおり、状況的にみて、被告人が見張り当番をしていた時間帯に被告人が東カレー鍋にヒ素を混入した蓋然性が極めて高いが、その時間帯の具体的な出来事については不明確な部分が多い。また被告人は、1人で鍋の見張り当番をしている間に、少なくとも1回はガレージから離れ、ガレージに誰も見張りがいなくなった時間帯も認められる。
そこで、被告人が見張り当番をしていた時間帯に、被告人以外の第三者がヒ素を混入した可能性がないかを検討する。
イ カレー事件の凶器となったヒ素は、前記(1)で検討したように特徴的な微量元素を含有する個性の強いヒ素であって、そのヒ素が被告人と無関係にガレージに持ち込まれたとは到底考えられない。
したがって、被告人以外の第三者による犯行として想定し得るのは、被告人が持ち込んだヒ素を被告人以外の第三者が混入したということになるのであって、それ自体非常識的な想定にすぎない。
加えてそのような不審な第三者は目撃されておらず、また、被告人がヒ素を持ち込んだ上でガレージにヒ素を置いたままガレージから離れるということは、ヒ素が他人に発見される危険性が高く、発見された場合にまず疑われるのは被告人であることを考えても、そのような事態は考えにくい。
また、被告人が午後零時20分ころから1人で見張りを始め、その後次女がガレージに来たりし、その後少なくとも1回はガレージを離れ、ヒ素をガレージに持参し、見張りの時間帯の終盤は、次女が再度ガレージに来て、午後1時に高知と見張りを交替するまでは一緒に見張りをしている。
なのでこの時間的経緯を考えれば、被告人がヒ素をガレージに持ち込んでから、ヒ素が東カレー鍋の中に混入されるまでの時間は、わずかな時間であったものと考えられる。
したがって、そのような短い時間の間で、被告人以外の第三者がガレージに来て、東カレー鍋の蓋を開けてヒ素を混入し、また、その場を立ち去って目撃もされなかったという事態は、現実的には到底考えられない。
してみると、被告人が持ち込んだヒ素を被告人以外の第三者が混入したという想定は、何ら合理的な根拠を持たない。
(10) 結論
以上の検討から、被告人は、ガレージで1人で鍋の見張り当番をしていた午後零時20分ころから午後1時ころまでの間に、A〜Fのいずれかのヒ素をG青色紙コップに入れてガレージに持ち込んだ上、東カレー鍋に混入したという事実が、合理的な疑いを入れる余地がないほど高度の蓋然性を持って認められる。